雨が季節の扉を開く
#プロローグ
風が吹く度に、桜の花びらが舞い落ちる。 くるくる、くるくると、風に乗って舞いながらいつのまにか消えていく。
春の昼下がりは、空気に溶け込んでしまいそうなくらい心地よい。 そして柔らかな大地の香りが、妙に懐かしい気持ちにさせる。
春爛漫。 風に舞う桜の花びら越しに、白い病院の壁が見えていた。 春の日差しを受けて、より一層、 目が痛くなるほど、白く浮かび上がって見える。
──やっと来れた・・・いや・・・来てしまった。
そうつぶやきながら、病院をじっと見つめている少年がいた。 眩しげに目をしかめても、決して目を逸らそうとはしない。
──違う、来なくちゃいけなかったんだ。だから・・・。
自分に言い聞かせるように、つぶやく。 そして、ほんの少し、晴れやかな表情になる。
──いいんだ。これで・・・良かったんだ!
だが、そう言った途端、別の声が聞こえてきた。 ”やめるんだ!絶対行くんじゃない!” その言葉を思い出すと、瞬時に少年の顔に影が差した。
──・・・・・・やっぱり、そう・・・かな。
春の天気のように、少年の表情はコロコロ変わる。 そんな彼をあざ笑うかのように、春の突風が吹く。 引き起こされた桜吹雪が、一瞬、彼の視野から、病院を覆い隠した。
──うわ!まるで雪・・・・・・。
本物の雪そっくりに、花びらが舞う。 音も無く静かに舞い続ける桜の花びらが、フッと少年の心を捉えた。 あっという間に心が時を遡って飛んでいく。 あの、雪の日へと・・・・・・。
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