# 2
(・・・・・・何か、匂いがする?)
ぼんやりした頭で、裕之は思う。 どこかで、嗅いだことのある匂いだった。
(何だっけ?この匂い・・・えーと・・・)
パッと閃くものがあった。
(あっ!これって油絵具の匂い・・・。 えっ!?てことは、ここは美術教室・・・?って、待てよ。 オレ学校なんか行ってなかったぞ!! ・・・・・・ちょっと待て!オレ確か昨日、新宿歩いてなかったっけ? それで・・・あれ?・・・それで、どうしたんだっけ? ・・・オレ・・・いったいどうなったんだ?そんで今、どこにいるんだ!?)
急激に不安が押し寄せてきて、はっきり目が覚めた。 まったく見覚えの無い天井が目に飛び込んでくる。 一体自分はどこでどうなってしまったんだ・・・。 それを確かめようとして、勢いよくベッドから身を起こそうとした。 ──が、体が思うように動かせない。 ほんの少し体を動かしただけなのに、鋭い痛みが体中を駆け巡っていく。
「・・・・ッ!!」
慌ててよく見ると、腕といわず、腹といわず、体中傷だらけだった。 しかしどの傷も、ちゃんと丁寧に、手当てが施されている。 おまけに、泥だらけになっていた服も、 洗い立ての少し大きめなパジャマに変わっていた。
「なに・・・どうなって・・・・・・」
思わず額に手をやった。そこにも包帯が巻かれている。
(なにがあったんだよ。オレ、いったいなにしたんだ!?)
しかし、どうしても何があったのか、思い出せない。 何か手がかりになるものはないのかと、裕之は辺りを見渡した。 そこは二十畳はありそうな洋室。 絨毯は敷かれておらず、フローリングの床が、鈍く光っている。 天井には、大きな天窓があって、 柔らかな早春の朝の日差しが、部屋中に差し込んでいる。 窓はそれぞれ、三方の壁にもあり、木々の梢の部分がのぞいていた。 採光にこだわる理由は、すぐに分かった。 部屋の中央にイーゼルが立ててあり、描きかけの絵が乗っている。 その他、壁にも何枚か絵が立てかけられていた。 どうやらこの部屋は、画家のアトリエのようだった。
どうしようもなく好奇心に駆られて、 裕之は痛みをこらえながらベッドからそーっと降りると、 イーゼルに乗っている絵を覗き込んだ。 海の風景が、淡いタッチで描かれている。
(へー。なんかいいじゃん)
それは、絵心のまったく無い裕之の心を動かしてしまえるほど、 なんとも言えず、哀しい切なさの伝わってくる絵だった。 思わずじーっと見つめていると、下の方から話し声が聞こえてきた。
──ありがとう。こんな時間まで。 ──いや別に、かまわないが・・・。おまえ、宗旨替えしたのか? ──アハハ、まさか!! ──ふ〜ん。・・・もしかして、おまえ、気がついて・・・。 ──なんだよ? ──いや、いいんだ。とにかく俺はこれで帰るわ。 ──そうか・・・ほんとに助かったよ。ありがとう。 ──じゃ。また。
バタンと、玄関の扉が閉まる音がした。 ちょっと間を置いて、誰かが階段を上ってくる足音が聞こえてくる。
(うわっ、どうしよっ)
もう一度、ベッドに戻って狸寝入りするのも変だし・・・・・・。 でも、こうして立っていても、いきなり何を言えばいいんだか・・・・・・。 黙ってるわけには、いかないだろうな〜〜。 やっぱり寝てよっかな。いや、でも・・・。
裕之が、イーゼルとベッドの間をウロウロしている間に、 足音の主は、階段を昇り切ってしまった。 ガチャ。 ゆっくりと扉が開く。 反射的に裕之は、扉の方へ顔を向けた。
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