#12

 

「そう・・・詳しくは言えないけれど・・・その・・・病気でね。

突然、江里佳を失って、僕はおかしくなってしまったんだ。

絵も描けなくなったし、毎日毎日、江里佳の面影ばかり追いかけて・・・。

今振り返れば、何であんなことしたんだろうって思うようなことばかり繰り返していたよ」

「・・・・・・・・・・」

「そんな風になった僕を、田島も七緒子も本当に心配してくれた。

二人とも忙しいのに、ずっと僕の面倒をみてくれて・・・。

おかげでやっと最近、こうして立ち直れたんだ。

田島と七緒子には感謝している。

それはもう、どう言葉で言い表せばいいのかわからない位に・・・」

 

話し終えて落ち着いたのか、それまで強く組まれていた指を解すと

八神は静かに顔を上げた。

そこにはいつもの穏やかな表情が戻っている。

が、裕之はまだ納得したわけではなかった。

八神の話で、田島に言われたことも大体のところはわかってきた。

“江里佳” というのが八神の亡くなった奥さんで、

自分はどうもその人によく似ているらしい・・・。

オマケに八神と出会ったのも、偶然同じような雪の日だったということも。

それで田島が裕之に対して妙な誤解をしてしまったのだと・・・。

そう。それはわかったのだが。

 

「裕之?」

 

腑に落ちない様子で黙り込んでいる裕之を見て、

八神が気遣うような視線を向けた。

 

「・・・もちろん、こんな話くらいで、君が納得するとは思っていない。

田島のやったことでどれだけ君が傷ついたか、きっと僕には推し量れないくらいだろ。

だからあいつのことを、許せとは言わない。

ただ、田島はやっと立ち直った僕を守ろうとしただけなんだ。

だから本当に悪いのは・・・一番悪いのは僕なんだよ」

「それは・・・」

 

八神が心からすまないと思っているのはよくわかる。

しかし田島は・・・。

裕之にはあの時の田島が、八神を気遣っていただけとは思えなかった。

どう考えても、半分楽しんでいたようにしか思えないのだ。

 

(でもさ、今はそんなこと言ってる場合じゃないよな。

だって、あんなにつらそうに話してる八神さんなんて初めて見た・・・。

つらいけど、オレのこと心配して、キチンと話しておかなきゃって思ってくれたんだ。

ガキ扱いして誤魔化したりなんかしないで、ちゃんとオレと向かい合ってくれたんだよな)

 

そう思うとなんとなくうれしくて、八神の気持ちに答えようという気になってきた。

 

「・・・わかったよ。あのヤローを許せるかどうかは、まだわかんないけど・・・。

でも理由はわかったから」

「そうか・・・。田島には、あの後話し合って、君のことも誤解だと理解してくれた。

だからもう二度とあんな事は起こらない。君は安心してここに居てくれていいんだよ」

「う・・・ん・・・」

 

とりあえず、田島の取った行動について納得はしたものの、

そうなると、今度は別の疑問と心配が浮かび上がってきた。

 

(ちょっとまてよ。田島の話からすると、オレは江里佳さんにそっくりなわけだろ。

亡くなった八神さんの奥さんに・・・。それって、その、いろいろかなりヤバいんじゃ・・・)

 

こんなことを聞いてしまっていいんだろうか・・・。

多少の迷いはあったが、これからも八神と一緒に暮らすのなら、

今はっきりさせておいたほうがいいような気がした。

 

「あの・・・さ、あの・・・」

「ん?どうした?」

「えーっとさ。その、オレって江里佳さんに・・・似てるんだよね?

それって、八神さん的にはいいのかなって。オレがここに居てもいいのかなーって」

 

八神は一瞬不意を衝かれたような顔をしたが、

すぐまたいつもの穏やかな笑顔に戻った。

 

「な〜んだ。そんなこと気にしたのか。大丈夫だよ!

そんなあいつが言うほど、そっくりってワケじゃない。

なんとなく雰囲気が似てるかな〜ってくらいで」

「ほんとに?」

「ほうとうに!だから君は何も気にすることなんかないんだよ」

「じゃオレさ、ここに居てもいいの?」

「あたりまえじゃないか!さっきも言ったけど、裕之は何も考えないで、

ずっとここに居ていいんだよ」

「そっかー。八神さんがそう言ってくれるなら。うん。よかった。ホッとしたよ!」

 

どうも自分は気を回し過ぎたみたいだな。

そう思うとなんとなく照れくさくなってきて、

照れ隠しに前髪を掻き揚げようと、無意識にキズのある額へ手を当ててしまった。

 

「痛っ、いってー!!」

「裕之!!」

 

八神が慌ててソファーから立ち上がった。

 

「だ、大丈夫。うっかりキズに触っちゃったんだ」

「そうか・・・おどろいた。キズの具合はどうなんだ?ほんとうに大丈夫なのか?」

 

そう言って、八神の手が裕之の方へ伸ばされる。

その手が、額に触れるすぐその手前で、ピタっと止められた。

 

「・・・??」

「触らない方が・・・いいな」

 

八神は差し延べた手をゆっくり元に戻すと、少し間を置いてから、

窓の外をじっと見つめた。

 

「もう、すっかり朝になってしまったな。

あんな変な時間に起きたんじゃ、君も眠いだろ。

もう一眠りするといいよ。僕はちょっと調べることがあるから・・・」

「・・・・・・うん」

 

唐突に話を打ち切られた様な気がして、ザラつくものを感じた。

どことなく八神の態度も不自然に見える。

しかし、早朝に起きたせいで眠気が襲ってきているのも事実だった。

 

「そうするよ。じゃあさ、オレ、アトリエに戻るね」

「あぁ、ゆっくり眠るといいよ。おやすみ」

「朝なのに変なの。まぁ、いいや。おやすみ〜」

 

そういい残して、裕之はリビングを後にした。

 

(それにしてもよかったな。八神さん、ここに居ていいって言ってくれてさ。

それにあんな大事な話をしてくれて。うん。なんか特別みたいでうれしかったな!

あ・・・、でもオレ考えたら、自分のこと、全然話してなかった!

そう・・・だ。今度機会があったら絶対、オレのことも聞いてもらおう。

八神さんならきっと、わかってくれる。きっと・・・)

 

そんなことを考えながら、軽快な足取りで、裕之は階段を昇っていった。

 

 

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