#13

 

「はい。結構です」

 

真っ白な天井のスピーカーから聞こえてくるレントゲン技師の声で

裕之は心底ホッとした。

検査台から降りながら足探りでスリッパを探す。

朝から血を抜かれたり、変な機械に乗せられたりと

いろいろな検査受けたせいか、肩の辺りが妙に強張っている。

 

(はぁ〜〜疲れた。オレ、病院で検査受けたのって、生まれて初めてだもんな。

検査って言えば学校の身体測定くらいで・・・。)

 

「どうかしましたか?」

 

考え事をしていると、調子が悪いのかと心配した技師が声をかけて来た。

 

「あ、いえ・・・大丈夫です」

「そうですか。では隣の控え室で着替えて、しばらくお待ちください。

副院長が迎えに来られるそうですから。結果の方も副院長からお聞きください」

「・・・はい・・・ありがとうございました」

 

ガラスの向こう側に居る技師に軽く会釈をすると、

裕之は検査室を後にした。

 

(・・・副院長が迎えに来るだって!来なくていーんだよ!あのヤロ〜〜!)

 

控え室に入るなり、勢いよく水色の検査着を脱ぎ捨てると、壁に叩きつけた。

脱衣カゴに入れてあったジーンズを掴み取る。

右足を乱暴に突っ込んでいると、突然、その副院長―田島が控え室に入ってきた。

 

「うわっ!な、なんだよ!!いきなり入ってくんなよ!!てめぇ!ノックぐらいしやがれ!!」

「バカかおまえは。女子高生じゃあるまいし。急に開けられたくなきゃ鍵でもかけとけ!」

「バ、バカって・・・!そっちが悪いんじゃないか!」

「そんなことはどうでもいいから、さっさと着替えろ。

ん、なんだ?それともなにか。俺に手伝って欲しいのか?」

 

意味ありげな笑みを浮かべて田島が一歩裕之に近づく。

それとほぼ同時に、片足だけ突っ込んだジーンズを引きずったまま、

裕之は思いっきり後方へ飛びのいていた。

 

「来んな!来んな!!オレに触るな!近づくな〜〜!!」

「ギャーギャーうるさいやつだな。こんなところで俺がなんかするとでも思ってんのか?」

「・・・・・・・・・・・」

「ほら。八神が上で待ってるんだ。さっさと服を着ろ。

でないとほんとに押し倒すぞ!」

「う〜〜〜!!」

 

裕之は一分の隙も無く身構えると、すばやくトレーナーに手を伸ばした。

 

(ちくしょ〜〜!やっぱりこんなトコ、来るんじゃなかったー!!)

 

着替えている様子をニヤニヤしながら眺めている田島を睨み付けながら

裕之は真剣に後悔していた。

 

 

今朝、八神に連れられて田島の父が経営する、この病院にやってきた。

出来ることなら、田島の顔なんぞ二度と見たくはなかったが、

八神に “心配だから” と説得されて、イヤイヤやって来たのだ。

ぐずぐずしていたせいで、約束の時間より少し遅れて病院に着くと

田島はすでにロビーのイスに座って二人を待っていた。

 

「よう!八神。こっちだこっち」

 

二人の姿を見つけると、田島は元気よく声をかけてきた。

その顔を見ただけなのに、裕之の首筋の辺りにまた、ゾクとするものが這い登ってくる。

防衛本能が働くのか、無意識に八神の後ろへ隠れようとしてしまう。

そんな裕之を見て、八神は少し困った表情を浮かべたが、

すぐに田島の方へ向き直った。

 

「すまないな。少し遅れてしまって・・・。

今日は忙しいところをありがとう。裕之を頼むよ」

「まかせとけって。VIP待遇だぜ。どの検査も待ち時間無しだ。

昼頃には終わる予定だから、なんならおまえ、最上階にある俺の部屋で待ってろよ」

「そうだな。じゃあ待たせてもらおうか。・・・ほら裕之」

 

後ろでふてくされている裕之に優しく微笑みかけると、

八神は田島の方へと背中を押した。

 

「行っておいで。僕は上で待っているから」

「・・・・・・うん」

 

全身から警戒心を振りまきながら、裕之はゆっくり田島に近づいていった。

 

「よう!裕之。元気そうでよかったな。この前は悪かった。じゃ、行くぞ!」

「・・・・え!?」

 

肩をバンバンと軽く二、三回叩くと、田島はガシっと腕を掴んだ。

そのまま裕之を引きずるようにして病院の廊下を歩いていく。

そんな二人の様子を見ながら八神は、少しだけ眉をひそめると

小さくため息をついた。

一瞬、後を追おうかと迷ったが、軽く首を振ると、

静かにエレベーターの方に向かって歩き出した。

 

 

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