# 6
裕之は、思わず考え込んでしまった。
(やっぱ、さっきの七緒子さん、変だったよな。 最後まで、何か言いたそうだったし・・・・・・。 それにいつもだったら 『じゃ、またね!』 とか言って あっさり帰っていくのに、今日は早く寝ろとか言うし・・・どうしたんだろう)
思い当たるといえば・・・。 宴会を中断させるような形で、八神と二人、 連れ立って出て行ってしまったこと・・・。
(それでかな?)
裕之は二人の会話を思い出して、また切なくなった。
(あの二人、やっぱ恋人同士なんだろうな。 だって、七緒子さん、田島のヤロウは《田島ちゃん》なのに、 八神さんは《秀一》だもんな。オレなんか《裕之クン》だし・・・)
それにしても、最後まで何か言いたげだった、 七緒子の目が忘れられない。
(何が言いたかったんだろ。七緒子さん。オレに気を使ってくれたのかな? ・・・そういえば田島のヤローが 『変な心配するな』 って言ってたけど。 いったい何を心配するって・・・)
「おい!」
低く押し殺した田島の声で、裕之は我に帰った。 気がつくと、田島は今までに見たことも無いような冷たい目で、 裕之を見ている。
(しまった!)
裕之は、舌打ちしたい気分だった。 考え事をしていてすっかり忘れていたが、静まり返った広いリビングに、 自分は田島と二人っきりになっていたのだ。
(やばっ!七緒子さんと二人っきりなら、何時間でも結構だけど、 田島のヤローなんか、一秒だって一緒にいたくねーよ!!)
ここは七緒子さんの言う通り、今夜はさっさと寝ることにしよう。 と、裕之は決めた。 また、夕方みたいにタイミングを外すと、席を立てなくなる。 こんどはためらわず、裕之はソファーから立ち上がった。 そのまま、こっちをにらんでいる田島を無視して、 脇をすり抜けようとした。
「おい、待てよ!」 「な、なんですか?」
精一杯、平静を装ってみる。
「ふん!おまえ、いい加減、八神をだますのをやめろ!」 「・・・えっ??」 「八神はな、やっと立ち直ったところなんだ。 また八神を苦しめようってんなら、ただじゃおかんぞ!!」
そう言いながら、田島はスッと立ち上がった。 真上から裕之を見下ろしてくる。
(ひえ〜こえ〜よ。でけーんだよ、てめぇは〜)
できれば、さっさと逃げ出したい。しかし裕之にも男のプライドがある。 ここで背中を見せるわけには、いかなかった。 それにだいたい、何で自分がこんな事を言われなければならないのか。 その理由がさっぱり分からない。
「あんたさ、いったい何が言いたいんだよ!オレは別に何も・・・」 「おいおい、しらばっくれんなよ。 今日だって、八神の隣にべったりと座り込んでたじゃないか。 おまけにずーっと八神の顔、見てただろ。時々ため息までついて。 それと、七緒子を送るって八神が言った時のおまえの”しまった”って顔。 俺が気づいてないと思ってたのか!?」 「えっ!ち、ちがう。それは・・・」
七緒子さんを見て──という裕之の言葉は、田島にさえぎられた。
「八神はお人好しだからな。おまえの可愛い顔と無邪気な素振りに、 コロッとだまされてるかもしれんが。いいか?俺はそうはいかんぞ!」 「ち、ちょっと待てよ! あんた、さっきから、オレが八神さんをだましてるって言ってるけど、 オレ別になんにもしてねーよ。 それになんでそんなこと、オレがしなくちゃいけねーんだよ!」 「まだ白を切る気か!?おまえは!何もかも計算ずくなんだろ? わかってるんだぞ!そんな・・・そんな・・・」
一瞬、田島は言葉を飲み込んだ。
「そんな、江里佳そっくりな顔で、同じような拾われかたをして!!」 「えりかー??」
裕之には、田島の言っていることが、全然理解できない。 頭はパニックを起こしそうになっていた。
「知ってるぞ。おなえ達みたいな人種は、恐ろしく鼻が利くからな。 どこかの店か仲間の誰かから、 八神のことを聞いて乗り込んできたんだろ!?」 「待てよ!何だよ!オレもう、何がなんだか、さっぱりわかんねーよ!」 「とぼけるのもいい加減にしろ!八神の財産目当てに、 色目使って、たぶらかしにきたんだろ?おまえは!」 「な、な、な、なに・・・」
わけのわからない事を言われ続けて 裕之は完璧にパニック状態に陥ってしまった。 反論どころか、身動きすることすら忘れて、ただ呆然と立ち尽くしている。
(たぶらかす?・・・・・・なに?オレがなんだって・・・?誰に似てるって・・・?)
だが裕之の思考は、突然目の前に迫ってきた田島の顔に遮られた。
「うわっ!」 「ふん!図星を指されて反論も出来ん、というわけか」
軽蔑しきった口調でそれだけ言うと、田島はなんのためらいも無く裕之を突き飛ばした。 身構える間もなかった。 あっという間に裕之は床に転がされ、 背中から思いっきりフローリングの床に叩きつけられた。
「う・・・・・・」
治りかけの傷が痛んで、息が止まりそうになる。 田島は、痛みで顔をしかめて涙目になっている裕之の上に 馬乗りにまたがると、 両肩に手を置き、そのまま、ぐっと強く床に押さえつけた。
(うわっ!やばいっ!殴られるー!!)
そう思ってギュッと目をつぶり、歯を食いしばった。
(・・・・・・あれ?)
しかし、予想した痛みはやってこなかった。 その代わり、生暖かい何かが首筋のあたりを這っている。
(何だ何だ!?この感触は・・・?)
そーっと薄目を開けてみた。 視界の隅に、首筋に顔をうずめている田島が見える。
(え〜!も、もしかしてこれって、くちび・・・る!?)
驚いて、裕之は目を見張った。その気配を察して、田島が顔を上げる。 バチッと二人の目が合った。 田島は、冷たい目で裕之を見下ろすと、 肩を押さえつけている両手に、さらに力を加えた。
「・・・・・・ッ!」
痛みで顔がゆがむ。 そんな裕之を見て、田島は暗い笑みを浮かべた。
「七緒子にも言った。同じ事は繰り返させないと。 俺は、もう二度とあんな八神を見たくない・・・。 それなのに、おまえはまた、苦しめようっていうのか!!」 「・・・そんな・・・・・・」 「どうせ、おまえが欲しいのは、金なんだろ? じゃあべつに、相手が誰でもいいわけだ。 だったら八神じゃなく、俺が払ってやるよ!」 「払う?・・・払うって・・・・・・」 「ふん!安心しな。これでも俺は、金払いがいいので有名なんだ」 「??・・・金?」 「あぁそうさ。たっぷり払ってやるよ!その代わり、八神には手を出すな!!」
そう言うと、田島は手際よく、裕之のシャツのボタンを外し始めた。 裕之の頭は、まだパニックを起こしたままである。 自分がどんな目にあっているのか。田島がこれから、何をしようとしているのか。 しばらくの間、理解することができなかった。
「・・・え、てこと・・・は・・・あー!!」
やっと裕之が、事の成り行きに気づいたのは、 うつ伏せに、ひっくり返された後だった。
「うわ!うわ!やめろ、やめろ〜!やめろってばー!!」
田島の意図を理解した途端、ドッと恐怖が押し寄せてきた。
「はなせっ!ばかばかばかばか〜!何すんだよ!やめろっつってんだろー!!」
なんとか田島を跳ね除けようようと、必死になって、 手足をバタバタと動かしてみた。 しかし、ラクビーで鍛え上げた田島は、ビクともしない。 むしろ暴れているのを、楽しんでいる。 田島にとって、裕之の抵抗など逆に心地いいくらいなのだろう。 相変わらず、手馴れた手つきでシャツを脱がすと、 袖を使って、裕之を後ろ手に縛り上げてしまった。
両手が動かせないことに気づくと、裕之の恐怖はさらに増した。 全身に鳥肌が立つ。 それは、今まで味わったことのない、とんでもない恐怖だった。 冷や汗が背中を流れ、体が小刻みに震えているのが自分でも分かる。
「おいおい。なにガタガタ振るえてんだ。 今さら初めてみたいなフリはよせって。俺には通じんぞ」 「・・・ちがっ・・・オレは・・・」 「ま、それはそれでなかなか、そそられるけどな。 八神が帰ってくるまでたっぷり時間はある。それまでお互い楽しもうじゃないか」
その言葉と共に、すぐ目の前に、はずされたジーンズのベルトが落ちてきた。
(・・・っ!何とか・・・何とかしないと、こいつの好きなように・・・・・・ いやだ!そんなの絶対いやだ!に、逃げなきゃ・・・逃げるんだ!どんなことしても!!)
「くそ!・・・離せ!離せよ!このバカ!!」 「なんだ?まだ暴れるのか?おい、もういい加減おとなしくしろっ! 金はたっぷり払ってやるって言ったろ!」 「・・・誰が・・・おとなしくてめぇの言うことなんか聞くかー!」
そう叫ぶと、なんとか田島から逃れようと、必死になって暴れた。
「・・・くっ」
背中でうめき声がした。 幸運にも裕之の肘が、田島のみぞおちに食い込んだらしい。
(今だ!!)
一瞬の隙を突いて逃げ出そうと、裕之は立ち上がった。 だが、即座に足を捕まれた。
バッターンッ!!
勢い余って、ものすごい音を立て床に転倒した。 目の前に、星が飛び交う。 どうやら、頭を強く打ったらしい。 少しづつ、意識が遠くなっていくのを感じた。
(やばっ、やばいよ!・・・オレ、ここで気を失ったら・・・こいつに・・・・・・)
しかし、体が動かない。声もでない。
──馬鹿な奴だ
そうつぶやいて低く笑いながら、田島の手が、 裕之のジーンズに掛かった。 下着ごと、引き摺り下ろされていく。 それがわかっていながら、裕之にはもう、どうすることもできなかった。
(だれか・・・だれか助け・・・て。や・・・がみ・・さ・・・・・・)
どんなに手繰り寄せようとしても、意識がどんどん遠ざかっていく。 目の前の床が、ボーッとかすんできた。
「やめろ田島!裕之から手を離すんだ!!」
気絶寸前の裕之を救ったのは、八神のその一言だった。
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