#エピローグ〜一年後〜
”今年はやけに青いツリーが多いな” そんなことを考えながら、葉山はクリスマス・イヴで賑わう街を、一人で歩いていた。 青いツリーのイルミネーションは綺麗で幻想的だけれど なんとなく切なくて寂しい・・・。 葉山は最後に見た遠野の笑顔を思い出していた。
(やっとこの日が来た・・・・・・)
ふと目に入った腕時計は6時半を指していた。 待ち合わせの場所に行くには、まだまだ時間に余裕があったが ついつい急ぎ足になってしまう。 せわしなく人ごみを掻き分けて歩く葉山の耳に いつまでも来ない恋人を待っている、切ないクリスマス・イヴの歌が飛び込んできた.。
(ガーッ!やめてくれ!!またこの歌かよ!ほんとやめて!きょうはシャレになんねーから!)
そう心の中で叫ぶと、買ったばかりのシャンパンを握り締めた。 友人達からの “クリスマスパーティーするからおまえも来いよ! 呑み放題、食べ放題だぜ。女子もいっぱいくるぜ!“ というおいしいお誘いも、きっぱり断った。 そう・・・。 昨日は一日かけて部屋を掃除した。 ちょっとした料理も作ったし、デザートも買ってきた。 沈黙が続いて気まずくならないよう、洒落たBGMも用意した。 あとは・・・あいつだけ・・・。 遠野をここに連れてくるだけ・・・去年みたいに。
(一年か・・・・・・)
長いようであっという間の一年だったような気がする。 あれから遠野と連絡を取りあうことは一切なかった。 だが、いやでもうわさ話が耳に入ってくる。 中には耳を覆いたくなるようなものもあったが、葉山は一切聞かなかったことにした。 気に留めてしまえば、本当のことを確かめたくて会いに行きたくなる。 しかしそれは“来年のクリスマス”と言った約束を破ることになるし、 遠野も決して会おうとはしないだろう・・・。 それになにより、自分の気持ちが揺れてしまうのが怖かった。 そう思ってうわさ話は一切無視して、ひたすら今日の日を待ったのだが・・・。 12月が近づくにつれ、心の揺れは一層葉山を苦しめた。
(自分は変わらずに好きでいられるんだろうか・・・・・・。 他のヤツと・・・・・・商売とはいえ、いろんなヤツに抱かれてきたあいつを、 今までと同じように愛おしいと思えるんだろうか・・・)
その度に頭を振って強く否定してきた。
(そんなの関係ない!おれはあいつが、遠野自身が好きなんだ!)
だが正直な所、葉山は自分の気持ちに自信が持てなくなってきていた。
昨年も通った商店街が見えてきた。 あの角を曲がれば・・・。 そう思うと、心臓が今にも飛び出しそうなくらいの勢いで脈を打つ。 自分の気持ちに整理がついていない上に、葉山にはもう一つ心配事があった。
(もしかしてあいつ、来ないんじゃ・・・・・・)
遠野には昔からどこか潔癖な所があったから、もう会えないと思っているかもしれない。 いやそれより、すっかりその世界に染まってしまい、 今日のことなんて完璧に忘れているんじゃ・・・・・・。 いやいや!と頭を振った。 そんなわけない!絶対あいつは来る! ・・・・・・それで?それで俺はどうするんだ・・・? 自問自答を繰り返しながら歩いているうちに、曲がり角の所までやってきた。
(ここを曲がればすぐそこが待ち合わせ場所だ。そこにあいつが・・・)
ピタッと足が止まった。 行きかう人々が葉山を次々に追い越していく。
(行け!行けよ!動けよ俺の足―!!)
今までの迷いや心配が葉山の足を止める。 一瞬、このまま引き返してしまいたくなった。
(だめだー!行け!行くんだよ。俺!ここまで来てなにびびってんだ! ほれ、行くぞ!せーのっ!!)
自分に叱咤激励して、思いっきり勢いつけて葉山は角を曲がった。
(あ・・・・・・・・・・)
居た。遠野は確かに来ていた。 寒そうにマフラーに顔を埋めて、ポケットに手を突っ込んで、 去年と同じ所に立っていた。 と、何かの気配を感じたのか、葉山の方を振り返った。 二人の視線が合う。 その途端。 遠野はその場から逃げ出した。
「ちょ・・・待てよっ!」
あわてて追いかけると、手を伸ばして遠野の右腕を強く掴んだ。
「待てって言ってんだろ!」 「痛っ・・・!」
顔しかめて訴える遠野を無視して、逃げられないよう左腕もがっしり掴んだ。 道行く人々が何事かと二人の方を振り返って行く。 だが今は、人目を気にしている余裕はなかった。
「なんで逃げんだよ!」 「あ・・・あのごめん・・・俺、やっぱり会っちゃいけないかなって・・・」 「なに言ってんだよ!!」 「・・・だってあんた、全然変わってなくて・・・。でも・・・でも俺は変わってしまったから・・・・・・」
そう言ってつらそうに横を向く。 その横顔から首筋にかけてのラインが、妙に艶やかでなまめかしい。 去年会った時には、あちこちに見慣れたガキっぽさが残っていたが、 今は跡形もなく消えて、誘うような色香が漂っている。 それがこの一年間、なにをしてきたかを物語っているようで、 葉山の胸は締め付けられるように痛んだ。
「俺さ・・・俺、もうあんたに会えないって思ったんだ。 でも・・・やっぱりどうしても会いたくて・・・もう気が狂いそうで・・・」 「うんうん」 「来ちゃったんだ。今日だけ・・・・・・一目でもいい、葉山に会いたいって思って。 でもあんたに会ったら、自分がどれだけ変わっちゃったか思い知らされて・・・・・・ 気が付いたら逃げ出してたんだ」
一生懸命、自分の気持ちを伝えようとしている遠野を見ていると 昨年の必死で自分にしがみついてきた夜を思い出す。
(あの時もこんな風に必死だった。 いや・・・こいつはいつだってどんな時だって、自分にできる精一杯で、ぶつかっていくヤツだった。 変わってない・・・全然変わってない。本当に)
「おまえは、ちっとも変わってないよ」 「え・・・・・・」 「変わってない。前のまんまの遠野だよ・・・」
掴んでいた腕を離すと、そっと優しく抱きしめた。
「ちょっと、葉山、ここ結構人通りあるって・・・」 「かまうもんか!今どき珍しいもんでもないし、見たいやつは見ろ!」 「あんた・・・ほんとに変わんないな。高校の時と一緒だ」
そう言って以前と変わらない笑顔を浮かべると、葉山の背中に腕を回した。
「・・・怖かったんだ。もしかして、葉山は来ないんじゃないかって。 だから・・・ほんとはあんたを見て、駆け寄りたくなるくらいうれしかった・・・」 「・・・わかるよ」
胸に顔を埋めてくる遠野の髪を優しく撫でながら、葉山はうなずいた。
「俺も・・・いろいろ考えて不安だったし、おまえが来ないんじゃないかって怖かった。 でもよかった・・・おまえが来てくれて・・・また会えて・・・!」
感情が高ぶって来るのをどうしようもなく、葉山はさらに強く抱きしめると、 深く・・・意識も飛ぶくらいに深く、唇を重ねた。
(あったかい・・・俺はこれを一年待っていたんだ)
背中に回された遠野の腕にも力が入る。 好き・・・一緒に居たい・・・ずっと・・・・・・。 お互いの想いが何も言わなくても伝わってくる。 それが今までの迷いや不安や悲しみを消し去っていった。
唇を離すと、葉山は真剣な眼差しで遠野を見つめた。
「ずっと一緒にいよう遠野・・・俺の傍に居てくれ」 「うん」
優しくうなずく遠野の目の前を羽のようなものが落ちていった。
「雪だ・・・。寒いと思ってたら、やっぱり降ってきたんだ・・・」
そう言うと、ぬくもりを求めるかのように、葉山にしがみついてきた。 そんな遠野がやはり、誰よりも何よりも一番、愛おしい。
「ここじゃ寒いし。俺の部屋行くか」 「うん。行く・・・・・・。好きだよ・・・葉山」 「俺もだよ」
マンションに向かって歩き出した途端、雪が激しくなってきた。 でも、頬にあたる雪の冷たさも寒さも、二人で居ると全く気にならなかった。 二人で同じように空から舞い落ちる雪を眺める。 明日のことはわからない。 これからどうなっていくのか・・・。ずっと変わらない気持ちのままでいられるのか・・・。 何もわからない。 でも・・・。 遠野が静かにささやいた。
「来年もこんな風に雪が見れたらいいな」 「見れるさ。きっと」
降り続く雪がクリスマスで賑わう街を覆っていく。 そして何もかも覆い隠していく。 一向に止む気配のない雪は、全ての音を吸い込んで静かに降り積もっていった。 静かに、静かに・・・・・・。
−end−
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