#12

 

・・・・・・今何時だ?

ぼんやりした頭で、葉山は枕もとの時計に目をやった。

 

(うわ!もう昼の一時じゃん!)

さしあたって今日の予定はなかったが

いくらなんでも、もう起きなくてはいけない時間だった。

眠気の残る体をゆっくり起こすと、軽く頭を2、3回降って

額にかかった髪を掻き揚げた。

 

「ふぁ〜〜あ」

 

一回大きく伸びをすると、すぐ横で眠っている遠野を見つめた。

安心しきった顔でぐっすり眠っている。

 

(こいつの寝顔って、こんなにカワイかったっけ?)

 

高校の時も泊まりに行ったりして、何度か見ていたのだが・・・。

こんな風になると、何もかもが違って見えてくるのがおかしかった。

 

 

結局、昨夜はあれからまた何度か求め合った。

お互いの気持ちが通じ合ったことで、高まっていく心と体を抑えることは出来なかった。

まして葉山は抑えていた自分の気持ちに気づいたばかりで、

開放された想いは、完全に葉山の理性を奪っていった。

 

(俺・・・もしかして、ものすごい無理させたんじゃ・・・)

 

目覚める気配のない遠野を見てそう思う。

昨夜の、ぎこちない仕草で葉山に答え、必死で求めてきた遠野を思い出すと

どうしようもなく愛おしくて、そっと頬に指を這わせた。

 

「うー・・・ん」

 

それでやっと遠野も目が覚めたようだった。

 

「起きたか?」 

「あ・・・おはよう・・・」 

「もう昼の一時だぞ。おまえ・・・起きれるか?」 

「うん・・・大丈夫・・・」

 

そう答えたものの、見るからにけだるそうだった。

 

「いいよ。無理に起きなくて。俺、メシ作るからもうちょっと寝てろ」

「う・・・ん。ありがとう。そうする」

 

ちょっと照れてまともに葉山の方を向こうとしない遠野を見ていると

なんだかうれしくて、葉山はウキウキ気分でキッチンへ向かった。

 

 

誰かのためにメシを作るのって、こんなにうれしいことだったんだな。

そんなささやかな幸せを噛み締めながら、

キッチンテーブルに食事の用意をしていく。

トーストとスクランブルエッグとコ−ヒーを並べ終えた頃、

遠野が身支度を整えてキッチンへやってきた。

まだ体がふらつくのか、テーブルに手をついて体を支えている。

しかし顔には明るい笑顔が戻っていた。

 

「いい匂いだな。あんたがごはん作るとこなんて、想像もしなかったよ」

「おう!そこ座ってろよ。今このサラダ持って行くからさ」

 

ドンとサラダをテーブルに置くと、遠野の向かい側に腰を下ろした。

二人分のトースト、二人分のコーヒー・・・。

 

(うわ〜〜。なんかドラマのワンシーンみたいじゃん。俺たちまるで新婚みたい・・・・・・)

 

そう思った途端、急に照れくさくなって、カーッと顔が熱くなってきた。

 

「ど、どうぞ。遠慮なく食べろよ」

「・・・ありが・・・とう」

 

それは遠野も同じなのか、やはり赤い顔をして言葉少なく答えると

トーストへ手を伸ばした。

 

 

チ、チ、チ、チ

時計の秒針がやけにでかく聞こえる。

二人ともどうにも気恥ずかしくて、ほとんど会話らしい会話が出来ないでいた。

だが、何も話さなくても、葉山は満足していた。

 

(なんか、こういうのもいいよなー)

 

そんなことを考えていた葉山の耳に静かな声が忍び込んできた。

 

「俺、これ食べたら・・・行くね」

「あ・・・・・・」

 

その言葉に今までの幸福感が吹っ飛んだ。

 

(そうだ・・・こいつ、今日から客取るって・・・。

イヤだ!絶対にイヤだ!こいつは俺のものだ。他のヤツになんか渡さない!)

 

渡すもんか!!

 

「遠野!俺と一緒に暮らそう!」

 

そう叫ぶと、勢いよくイスから立ち上がった。

 

「え・・・?急に何を・・・葉山?」

 

びっくりして自分を呆然と見上げている遠野を無視して、

葉山はしゃべり続けた。

 

「ここで一緒に暮らそう。ホストクラブなんてやめちまえ!客なんて絶対取んなよ!」

「そんなこと言っても俺は・・・」

「俺も・・・俺も働く!バイト増やして。なんなら大学を休学してもいい。

二人で働いたらおまえの借金だってなんとか・・・」

「そういうと思ったんだ」

 

遠野がうれしそうな、それでいてどこか切ない笑みを浮かべる。

 

「あんたなら、きっとそういうと思った・・・。

だから・・・ほんとのこと言わないで、一晩だけの遊びにしておこうと思ってがんばったのに・・・・・・。

俺バカだね。あんなとこで泣くなんてさ」

「遠野・・・・・・」

 

テーブルを回り込んで遠野のところへ行くと、葉山は肩に手を置いた。

 

「ダメだよ。葉山。あんたに迷惑はかけられないから」

「迷惑だなんて言うなよ!俺はおまえが好きなんだ。守りたいんだ!だから・・・」

「だから・・・だよ。葉山。それは俺だって一緒だもん。

あんたに迷惑かけるなんて、そんなの自分で自分が許せないんだ」

 

肩に置かれている手を取って、静かに立ち上がると、

遠野は葉山の顔を覗き込んだ。

 

「だから・・・俺は行かなくっちゃいけないんだ」

「イヤだ!こんな別れ方!」

 

噛み付くようなキスをすると、逃げられないように遠野を強く抱きしめた。

 

「俺はイヤだ!おまえが他のヤツに抱かれるなんて!

俺には耐えられない!ここに居てくれ。俺の傍に・・・ずっと!」

 

耳元でそうささやかれて、遠野は思わずうなずきそうになったが

なんとか思いとどまった。

ゆっくり首を振ると、葉山の背中に腕を回した。

 

「葉山・・・お願いがあるんだけどさ」

「なに?」

「来年も・・・来年のクリスマスも会ってくれるかな」

「・・・え?」

「たぶん、一年で姉ちゃんも退院するし、借金も返していると思うんだ」

 

胸に顔を埋めながら、遠野の言葉は続く。

 

「だから、来年また今みたいに会ってくれるかな?」

「あ・・・あ。わかった」

 

何で急にこんなことを言い出したのか葉山は理解していた。

遠野はもう決心しているんだ。

それはもう誰も決して止めることはできないんだ・・・。

 

「いいよ。来年、また会おう」

「・・・俺もしかして・・・その・・・ものすごく変わってしまってるかもしれないけど・・・

それでも・・・会ってくれる?」

「言うな!おまえは変わらない!俺も変わらない!

今日と同じように、二人でクリスマスを過ごすんだ!」

 

実際、一年という月日がどれだけ長いのか・・・。

だが今、そんなことを考えている余裕はなかった。

少し不安そうな遠野に今度は優しくキスをすると

遠野を抱きしめていた腕から力を抜いた。

 

 

 

「ありがとう葉山。いろいろと」

 

玄関先で靴を履き終えると、ニッコリ笑って葉山を振り返った。

 

「あんたに思い切って声かけてよかった」

「そうだな。それによくあんなトコで偶然会えたよな」

「あははは・・・ほんというとさ、俺、昨日一日あんたのことつけてたんだ」

「え!?」

「あんたの家まで行ったんだけど、どうしても呼び鈴押せなくて・・・。

そしたらあんたが出てきたんで、タイミング図ってずっと後つけてたんだ

でも、いつ声かけようかって迷って迷って・・・」

 

その時のためらいや、つらい想いが葉山にも伝わってきて

また抱きしめたくなった。

 

(ダメだ!いま抱きしめたらまた放したくなくなる・・・。

それはこいつを苦しめるだけなんだ)

 

そう思って何とか我慢をすると、遠野に笑いかけた。

 

「そーか。だからあんなにタイミングよく現れたのか。

なんか俺、やられっぱなしだな」

「あはは。あんたらしくていいよ」

「言ってくれるよな。じゃあ・・・来年もあそこでいいか?

時間は・・・昨日と同じ7時で」

「・・・うん」

 

静かに、でも力強くうなずくと、遠野はドアノブに手をかけた。

 

「じゃ、葉山。また来年・・・な!」

「あぁ!また来年会おうぜ!」

 

そうして遠野はドアの向こうへ消えていった。

 

 

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