#11

 

“満ち足りる” ってきっとこういうことを言うんだな。

すぐ隣に遠野の体温を感じながら葉山はそう思う。

なんとなく照れくさくて言葉がかけられない。

ほんの数時間前まで普通にしゃべっていたのが、ウソのようだった。

言葉の代わりに、葉山はそっと遠野の頬に手を当てた。

 

(もうどんなヤツにも、こいつを渡したくない!)

 

そう思えば思うほど、

今にも遠野がどこかへ消えて行ってしまうような気がしてくる。

葉山は遠野の少し汗ばんだ体を抱き寄せると

もう一度、強く抱きしめた。

素直に胸に顔を埋めてくる遠野の髪にキスしながら

葉山は胸に冷たいものが当たることに気づいた。

 

「・・・・・・・おまえ、なんで泣いてるんだよ」 

「・・・・・・・・・・」

 

だが遠野は答えず、唇を噛み締めたまま、声を殺して泣いている。

 

「どうしたんだよ。なんで泣いてるんだ?」 

「・・・・・・ほっといてくれよ・・・」 

「なに?」

 

その投げやりな答えに、葉山は肩をしっかり掴むと遠野の顔を覗き込んだ。

 

「どうしたっていうんだよ。そんな風に泣かれたら、気になるじゃないか」 

「・・・あんたが気にすることないよ」 

「なんだよ。その言い方。俺が原因なんじゃないのか?

もしかして、その・・・俺、男と寝るの初めてだったから、おまえに無理させたんじゃ・・・」 

「違うんだ・・・そうじゃない。そうじゃなくって・・・・・」 

「じゃあ、なんなんだよ」

「・・・・・・もう・・・放してくんない?俺、そろそろ行かないと・・・」

 

葉山の問いをはぐらかすと、遠野は肩に回された腕を振り解こうとした。

 

「まてよ!」

 

逃れようとする遠野をベッドに強く押さえつけると

葉山は強い瞳で遠野を見つめた。

 

「このまま、こんな中途半端な気持ちのままで、俺の前から消えようっていうのか」 

「それは・・・」

 

葉山の強い視線から逃れるように横を向くと、ぎゅっと目を瞑った。

 

「言えよ!言ってくれよ!俺はおまえが泣いているのなんて、見たくないんだ

俺はおまえのこと、守りたいって、大事にしたいって本気で思ったんだ。

だから黙ってないで、ちゃんと言ってくれ!」 

「・・・・・・俺も・・・」

 

必死でその先を言うまいと止めたが、溢れてくる言葉を抑えることは出来なかった。

 

「俺も・・・初めてだったから。・・・・・・だから・・・うれしかったんだ」

「え?」

 

まったく予想もしていなかった答えに、一瞬、頭の中が真っ白になった。

 

「初めてって・・・だっておまえ商売してるって・・・」

「・・・ホストやってるのはほんとだよ。

でも酒の相手してるくらいで・・・そりゃ体触られたりとかしてるけど。

売りはやってない・・・男と寝たのはあんたが初めてだよ」

「じゃあ、なんで・・・なんであんなこと言ったんだ!」

 

この部屋へやってきてからの、遠野の言葉や行動が次々と浮かんでくる。

 

「あんな・・・いかにも商売してます、客取ってますって言ってたのは・・・・・・

あれは全部ウソなのか?なんでだ!」

「踏ん切りを・・・つけたかったんだ」

 

相変わらず、横を向いたまま、今にも消え入りそうな声で

遠野の言葉は続いた。

 

「自分の気持ちに、踏ん切りをつけたかったんだ」

「踏ん切りをつける・・・って?」

「・・・俺さ、借金返すのにヤバイお兄さん達に、ホストクラブ連れてかれたって言ったでしょ」

「あ・・・あぁ」

「その時、体も売れって言われたんだけど、イヤだって断ったんだ。

店長がいい人で、それでもいいって庇ってくれてさ。

でも、やっぱりそれじゃ、全然足りなくって、ずっと売りもやれって言われてたんだ」

 

ここへ来た時に話していたのとは打って変わって、

辛そうに事情を話す遠野を見て、葉山の胸が痛む。

 

「なんとかごまかしてたんだけど、もうどうしようなくなって。

店長も庇い切れなくってさ。それで・・・」

「それで?」

 

それまで、ずっと横を向いたままだった遠野が葉山の方へ向き直ると

両手でそっと頬を挟んで葉山を見つめ返した。

 

「俺、さっきあんたのことが好きだった、って言ったよね。

・・・ほんとだよ。好きだよ葉山。もうずっと。

あの文化祭の夜、屋上で・・・気が付いてからずっと・・・!」

「あ・・・遠野・・・」

「だから、あんたに抱いて欲しかったんだ。

俺、明日にでも客取らないといけなくて・・・やっぱりイヤでイヤで逃げ出しそうだったんだ。

でもそんなことしたら、姉ちゃんや店長や親戚とかにいっぱい迷惑かけるから・・・

だからあんたに抱かれて、自分の気持ちに踏ん切りつけたかったんだ」

 

言い終えてホッとしたのか、遠野の手がスッとベッドの上に落ちていった。

 

「だったらなんで、そう言わなかったんだ?金でおまえを買えとか遊びだとか

俺を煽るようなことばっかり言って・・・」

「あんた、男に興味なさそうだったからね」

 

遠野が少しだけ微笑む。

 

「それで高校のときも、好きだって結局言えなかった。

だからとりあえず、一晩だけの遊びにしてしまえば、勢いでなんとかなるかなって。」

「勢いって・・・」

 

確かに勢いに呑まれてしまったのだから、何も言えない。

 

「ほんとのことを言って、あんたに拒絶されるのが怖かったし

受け入れてもらっても・・・今度は客が取れなくなりそうで・・・怖かったんだ。

それにあんた、変に責任感強いから、ほんとのこと言って俺と寝たら

責任取るとか言いそうでさ」

「ばか!なにを・・・」

「だから・・・商売にしてしまえば、俺も割り切れるし、

あんたも後腐れないと思ったんだ。

絶対バレないって思ってたんだけど、いざとなるとだめだね。

・・・・・・体が震えちゃってさ」

 

それだけ言うと、遠野はまた静かに横を向いてしまった。

そうか・・・あんなに震えていたのは、初めてだったから。うれしかったから・・・。

それがわかると葉山は遠野への気持ちが、さらに強くなって行くのを感じた。

 

「俺もおまえのことが・・・ずっと好きだったんだ!」

 

あごを掴んでこちらを向かせると、深く口づけをして

今まで以上に熱く抱きしめた。

 

 

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