#8
階段を駆け下りていく遠野の足音が遠ざかって行く。 追いかけることも出来ずに、葉山は冷たいコンクリートの上に座り込んでしまった。 手にまだ遠野のぬくもりが残っているような気がして、 じっと手のひらを見つめていると、腹の底から後悔の念が湧いてきた。
(なんてことしちまったんだ!俺は!)
遠野の真剣に怯えていた表情が蘇ってくる。
(・・・なんで急に。今まで・・・一度もあいつにあんなことしたいって、 思ったことなかったのに!俺、どうしちまったんだよ!)
悪酔いのせいで、所々、記憶が飛んでいるが 二人して、屋上に上がってきたことははっきり憶えている。 遠野が心配して自分の顔を覗き込んでくるのを見ていたら なんだか頭がボーッとしてきて、体が熱くなってきて・・・。 気がついたら押し倒していた。 そうしたらもう自分で自分が止められなくなって 無理やり押さえつけて、助けを呼べないように口まで塞いで・・・・・・。 物凄い罪悪感に打ちのめされて、残っていた酔いも吹き飛んだ。
(あいつの涙、見たの初めてだった・・・・・・)
ハァ〜と重いため息がもれる。 ふと目の端に入った遠野の涙。 それを見た途端、心臓が鷲づかみされたような気がした。 “愛おしい” そう思ってしまったのだ。 傷つけたくない。守ってやりたい。 それは今まで誰にも、付き合ったことのある女の子にも 感じたことの無い感情だった。 初めて経験する感情に葉山はとまどい、やっと我に返ることが出来たのだ。
(いったいなんで・・・俺、そう思ったんだろ・・・)
もうなにもかもわからない事だらけだった。 だが、答えは葉山のすぐ傍まで来ていた。
(もしかして俺は・・・遠野のことを・・・)
そこまできて、葉山は勢いよく頭を振り回した。
(違う違う!あいつは友達だ。一番大事な親友ってヤツだ。 あいつと居ると楽しくて。泊まりに行ったときなんか 朝までしゃべっててもしゃべり足りないくらいで・・・ くそっ!酔ってなきゃ、あんなことしないってっ!)
酔ってたから?酔って理性が飛んだから? ということは、普段は押さえつけていただけで本当の気持ちは・・・。
「わ〜〜〜!!」
葉山は頭を抱えると、またブンブンと頭を振った。
(ち・が・う!断じて違う!!俺は女の子が好きなんだー!! 男なんて好きにならねぇんだよー!そうなんだよーー!うんうん!!)
無理やり自分を納得させたが、そうすると今度は別の心配が持ち上がってきて 葉山はぎゃーっと叫びそうになった。
(お、俺、明日からどんな顔してあいつに会えばいいんだ!?)
葉山からの一切の謝罪を拒否した言葉と態度。 それらを思い出すと、たまらなくなって、葉山は頭を掻き毟った。
(そ、そうだ!俺はずっと酔っ払ってたんだ! そうなんだ!酔ってたから・・・俺は何にも憶えてないんだ!! 何にも憶えてないぞーー!!)
無かった事にしよう・・・。そうしないと俺は遠野と一緒に居られない・・・。
「おーい!葉山!まだ調子悪いのか?そろそろ帰るぞ〜!!」
校庭の方から友人たちの呼ぶ声がする。 仕方なく立ち上がると、重い足取りでフェンスに近づいた。
「おう!今行くわ」
それだけ答えて、のろのろと屋上の扉に向かった。 いつもの3倍は重く感じる扉をゆっくり開くと、 葉山は屋上を後にした。
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