#9
文化祭が終わると、学校は本格的な受験体制に入った。 志望校の違う二人は受ける授業も違うため 前より一緒に居る機会が少なくなった。 もちろん、顔を会わせれば、周りが不審に思わない程度に会話はしたが その度に、胃の痛くなるような気まずさと、緊張感はどうしようもなかった。 時折、遠野が何かを言いたげな目で、自分を見つめていることに気づいてはいたが あえてそれに触れることはしなかった。 できるだけ当たり障りの無い会話を続けて、卒業を迎える頃には、 二人はほとんど疎遠になっていた。
大学に入ってからは、バイトをしたり、女の子と付き合ったりと、 葉山は大学生活を思いっきり楽しんでいた。 が、なにげに遠野の名前を耳にすると、瞬時に屋上での一件が鮮やかに蘇ってくる。 その度に大慌てで心の奥のまた奥へと押し戻していたのだった。
(あーちくしょう!何もかもすっかり思い出しちまったよっ!!)
こいつを愛おしいと思ったことも・・・。 結局、後にも先にも、そんな風に思ったのは遠野に対してだけだったことも・・・。 今まで押さえつけていたものが一度に飛び出してきたような気がして、 葉山は俯くと、両手で顔を覆ってしまった。 立ち尽くしたまま、完全に動きの止まってしまった葉山を見て、 遠野は顔を覆っている手にそっと右手を添えた。
「全部、思い出した?」 「・・・さわんな・・・」
搾り出すような声にピクッと遠野の手が震える。
「どうして・・・?」 「・・・・・・・・・・」
なぜこいつを愛しいと思ったのか。 なんであの後、意識しすぎて気まずくなってしまったのか。 そう。答えはとっくにわかっている。でも・・・・。
(だめだ・・・認めたくない。 認めたら俺の中の何かが変わってしまう! こいつとも友達でいられない。 そんなことをしたら、俺たちの高校三年間の思い出を 全部、否定して壊してしまうような気がするんだ!)
・・・それだけは絶対イヤだ!!
「あの時は・・・本当に悪かったと思ってる。つい酔った勢いで・・・。 おまえがあんなにいやがってたのに、俺は無理やり・・・」
その言葉を聞いて、遠野は何かを言いかけたが迷った挙句、 結局別の言葉を選んだ。
「・・・あの時、俺ガキだったからね」
そう言うと顔を覆ったままの葉山の手を握り締めて ゆっくり顔から離していった。
「俺を見て葉山。今なら何したっていいよ」 「・・・だめだ・・・俺はおまえを抱くなんてできない」 「そんなに難しく考える事ないって!遊びだよ遊び。 あんたは金で俺を買って、一晩気持ちいい思いをする。それでいいじゃん」 「・・・俺は男と寝る趣味はないんだ。悪いけど帰ってくれ」 「・・・・・・・・・・」 「もう、帰ってくれ。頼むから・・・」
失望というより、どうしようもない寂しさが遠野の目に浮かぶ。 握り締めていた葉山の手をそっと離すと、遠野は静かにうなずいた。
「・・・わかった。帰るよ」
そう言われて葉山の胸はズキッと痛んだ。 なんだかとてつもなく悪いことをしたような気がする。 それに帰れといったものの時計を見ると、夜中の二時になろうとしていた。
「あ・・・あの」 「なに?」 「いや、もう二時だ。電車もないし。・・・なんなら始発まで泊まっていくか? ・・・俺はソファーで寝るから」
どことなく申し訳なさそうな葉山の態度を見て、 遠野は苦笑しながらジャケットに手を伸ばした。
「いいよ。気を使わなくても」
ジャケットを羽織ながらポケットから携帯電話を取り出す。
「表通りに出て車でも拾うよ。仕事しないとね。 俺、まだ今日のノルマ達成してないしさ。ま、心当たりに電話してみるわ」 「・・・今から・・・?」 「そうそう。この時間なら、まだ二人はいけるかな」 「二人・・・」 「まあね。さっさと済ましてくれる客なら楽なんだけどさ。 しつこいのもいるからね」 「・・・・・・・・・・」
今から、こいつ他の男と・・・。 急に生々しい感情が湧き上がって来た。
(しかたないさ。こいつはそういう商売をしてるんだから)
でも・・・でも!
(俺と会ったすぐその後で、一晩中こいつは他の誰かと寝るんだ・・・)
遠野のあられもない姿が次々と脳裏に浮かんでくる。 葉山は一瞬で頭に血が上って、沸騰していくのを感じた。 いやだ・・・そんなのは・・・いやだ! 体中が熱くなっていくのがわかる。 葉山はぐっと手を握り締めた。
「じゃ、俺帰るから」
そう言って遠野は玄関に向かったが、ふと足を止めた。 しばらく何かを考えていたようだったが、くるっと振り返ると じっと葉山の目を見つめてきた。
「・・・俺ね。あの時、あの屋上で葉山にならなにされてもいいやって思ったんだ。 きっと俺・・・あんたのことが・・・好きだったんだろうね」
(ばかばか!何で今になってそんなこと言うんだよ! やめてくれ〜!今そんなこと言われたら・・・)
「・・・・・・・・・・」
何も答えない葉山を見て遠野は寂しげな笑みを浮かべると 再び玄関に向かった。
「ごめん葉山。悪かった。いろいろと・・・。もう忘れてくれてもいいよ。 なにもかも・・・」
(だめだだめだ!もうだめだー!)
ドアノブに手をかけて遠野が部屋を出て行こうとした、まさにその瞬間。
「行くな!遠野!!」 「うわっ!」
腕を掴んで、強引に引き寄せると、葉山は力いっぱい遠野を抱きしめていた。
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